【コロナ特集:民法】新型コロナウイルスと宿泊契約~日本民法における不可抗力の検討も含めて~

1. はじめに

  新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、日本でも2020年4月7日に新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が出されました。その後、同年5月25日に緊急事態宣言は全国的に解除され、外出自粛要請や事業の休業要請も段階的に緩和されつつありますが、本稿脱稿時点である2020年6月5日現在においても、東京都を含む一部地域においては感染者が再び増加傾向にあり、県境や国境を超える移動もいまだ全面的には解禁されておりません。さらに今後は第二波となるコロナウイルス感染症の流行も懸念されるなど、事態はなお流動的であり、今後の流行状況によっては宿泊を伴う旅行などをキャンセルすることもあるかと思われます。そこで本稿では、ホテル・旅館と宿泊者との間の日本法を準拠法とする宿泊契約を前提に、新型コロナウイルス感染症流行下における宿泊契約について、宿泊者からのキャンセルの可否や、ホテル・旅館側の留意点について、簡単に整理したいと思います。

  なお、新型コロナウイルス感染症の流行に関する状況は日々変化しておりますので、最新の状況については、厚生労働省等の政府機関や各自治体からの通知・通達等も併せてご確認下さい。

2. ホテル・旅館の宿泊契約の宿泊者によるキャンセルの可否

(1)個別の宿泊契約に基づく契約解除の可否

  ホテル・旅館側との間で宿泊契約を締結した後、コロナウイルス感染症の流行の影響により、宿泊者が宿泊契約をキャンセル(契約の解除)できるかや、その場合のキャンセル料の有無等については、まずは宿泊者とホテル・旅館側との間で締結された宿泊契約の内容が問題となります。具体的には、宿泊者からのキャンセルが認められるかやその具体的な内容、宿泊者からのキャンセルが可能である場合のキャンセル料に関する定めの有無や内容を検討することとなります。宿泊契約によっては、キャンセルポリシーとして、宿泊予定日が近づくにつれてキャンセル自体を禁止したり、より多くのキャンセル料が発生するよう定める例も見受けられます。先般の緊急事態宣言下においては、宿泊契約上のキャンセルポリシーの定めにかかわらず、例外的にキャンセル料を減額・免除する対応をしているケースも見受けられましたが、これはあくまで個別のホテル・旅館による任意の例外的な対応であり、全ての宿泊契約に当然に適用されるものでもないことから、まずはご自身が予約されたホテル・旅館が定めるキャンセルポリシーや、当該ホテル・旅館の具体的な対応をご確認いただく必要があります。

  宿泊契約をご確認いただくにあたっては、一般的なキャンセルポリシーに加え、「不可抗力」といった定めの有無なども含めて、契約全体の構造や内容をご確認いただくことが重要です。「不可抗力」とは、一般的に、外部からくる事実であって取引上要求される注意や予防方法を講じても防止できないものであり、単に過失がないというだけでなく、よりいっそう外部的な事情である、と解されていますが[1]、個々の契約において何が「不可抗力」に該当するかや不可抗力に該当した場合の効果は、各契約の具体的な定めによることとなります。契約における「不可抗力」の定め方は様々ですが、典型的なものとしては、大地震、大洪水といった災害や、戦争、暴動、動乱、といったものが考えられます。さらに、上記の具体的な事由と併せて、その他当事者の合理的なコントロールが及ばない事象(いわゆるキャッチオール条項)、といった定めを含む場合もあります。中には、感染症の流行や、自ら又はその家族が感染症に罹患した場合、などといった事象が明記されている場合もあり得ますが、「感染症」が具体的に何を意味するかは、なおも個々の契約の定義や解釈によることとなります。加えて、個々の契約において不可抗力に関する定めがあった場合も、その効果(債務不履行責任の免責、契約解除等)は個々の契約により異なるため、不可抗力の定めを検討にあたっては、個々の契約条項のみならず、契約全体を踏まえて検討することが重要です。

(2)キャンセル料に関する消費者法上の規制

  仮にご自身が締結された宿泊契約のキャンセルポリシー等において、宿泊者によるキャンセルの制限やキャンセル料に関する定めがあり、かつ、契約相手方であるホテル・旅館側が今般の緊急事態宣言を受けた例外的な対応も設けていない場合、宿泊者は、契約の定めに従い、キャンセルが制限されたり、キャンセル料が発生することとなります。

  キャンセル料が発生する場合、具体的なキャンセル料は、基本的には個々の契約内容に従うこととなりますが、消費者である宿泊者と事業者(ホテル・旅館等)との間の契約については消費者契約法の適用があることから、当該キャンセル料が消費者法9条1項(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)所定の金額を超える場合には、同条に基づき超過部分が無効となる可能性があります。この規定では、「消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの」については、当該超える部分は無効となる旨が定められております。宿泊契約のキャンセルに伴うキャンセル料は、契約の解除に伴う損害賠償の予定又は違約金に該当するものであるため、このようなキャンセル料が、仮に上記に規定する「平均的な損害」の額を超えた場合には、超えた部分に関する定めは無効となり、消費者である宿泊者は超えた部分について支払わなくもよい、ということになります。

  実際に、同法9条1項に基づき手配旅行契約におけるキャンセル料の一部が無効と判断された事案として、東京地判平成23年11月17日判決があります。この裁判例は、大学のラグビーチーム(原告)が、合宿のために、手配旅行契約の一部として被告が経営する旅館での宿泊を契約していましたが、宿泊予定者の一部が新型インフルエンザに罹患したことを理由として、宿泊予定日の前日にその契約をキャンセルし、一旦は被告のホームページに記載されたとおりのキャンセル料を支払ったものの、その後、消費者法9条1項を理由に当該キャンセル料の返還を求めた事案です。裁判所は、消費者法9条1項に基づく「平均的な損害」について、同種の旅行に関する標準的な約款の有無や、キャンセルを受けた旅館と同地域に存する他の宿泊地域における取消料の有無及び内容、本件における旅館が受けた具体的な損害額などを検討し、原告が支払った取消料の一部について、同条に定める「平均的な損害額」を超えるものとして、被告から原告への返還を命じました。何をもって「平均的な損害額」とするかについては個々の宿泊契約の内容によっても異なると考えられますが、キャンセル料については上記のような規制や裁判例もあることにご留意ください。

(3)民法に基づく宿泊契約解除の可否

  では、宿泊契約において宿泊者によるキャンセルが認められていない場合、宿泊者は、民法その他の法令を根拠として、新型コロナウイルス感染症の流行を理由に宿泊契約を解除することが認められるでしょうか。この点の検討にあたっては、日本民法における「不可抗力」の概念も、併せて検討したいと思います。また、一般的に、宿泊契約においては、ホテル・旅館が宿泊者に対し、契約に定められた宿泊施設を提供し宿泊させる債務を負い、宿泊者がホテル・旅館に対し、その対価として宿泊代金を支払う、という関係になっていると考えられますので、以下では、上記の契約関係を前提に検討したいと思います。

 ア 民法における「不可抗力」について

  実は、日本の民法においては、不可抗力の定義やその効力について一般的に規定した条文はなく、特定の条文において「不可抗力」に関する定めがあるにとどまります(例えば、永小作権の放棄について定めた民法275条、金銭債務の特則について定めた419条、減収による賃料の減額請求について定めた609条など。419条については後述します。)。これらの不可抗力の内容の解釈として、伝染病の流行、が含まれるかについては、例えば609条の不可抗力の解釈として、「賃借人の病気は、それがその地方をおそった伝染病でもない限り、不可抗力にならないと解される」という見解もあることから[2]、いわゆる「不可抗力」の代表事例とまではいかないものの、一つの解釈論としてはあり得るのではないかと考えられます。

 イ 契約解除に伴う債務不履行責任について

  ある宿泊契約において、宿泊者による契約のキャンセルや不可抗力に関する定めがない場合であって、かつ、ホテル・旅館側は宿泊契約に基づく債務を履行できる場合に、宿泊者が、新型コロナウイルス感染症の流行などを理由として自主的に宿泊契約をキャンセルした場合には、民法に基づき、当該キャンセルに伴う契約責任の有無等が判断されることとなります。

  まず、民法では、債務者がその債務の本旨に従った履行を怠った場合には、債務者に帰責事由がない場合を除き、債務者は債権者に対し損害賠償責任を負います(民法415条)。なお、本年4月1日に施行された改正民法においては本条の文言も変更されていますが、これは改正前に確立していた民法415条に関する解釈や実務を明文化したものであり、改正による実務運用が変わることは想定されていないと考えられています[3]。債務者による帰責事由の有無は、不可抗力よりは広い概念であり、契約その他の当該債務の発生原因及び 取引上の社会通念に照らし、個々の契約ごとに判断されることとなりますが、単に新型コロナウイルス感染症の流行を不安に思い宿泊を自粛するといった場合には、債務者に帰責事由がないとは言い難いと考えられます。

 ウ 金銭債務に関する特則

  加えて、民法が定める金銭債務の特則にも留意が必要です。民法419条3項は、金銭債務(金銭の支払を目的とする債務で、借入金返済債務のほかに、売買契約などの双務契約における代金支払債務も含まれます。)について、不可抗力を理由に履行を拒むことができない、と定めております。民法419条3項の定めは、債務者は、利息を支払えば他から金銭を調達することは可能であり(例えば金融機関から融資を受けるなど)、金銭を調達できないことは不可抗力である、といった抗弁を認めるべきではない、という考え方に基づいています[4]。そのため、仮に個々の契約において、不可抗力に基づき宿泊者に契約解除を認めたり宿泊者の債務を免責したりする定めがない場合で、かつホテル・旅館側が宿泊契約に基づく債務を履行できる場合は、たとえ宿泊者に不可抗力に該当する事由が生じたとしても、宿泊者は、宿泊代金支払債務の履行を免れることはできないこととなります。

 エ 当事者双方の責に帰さない事由により、ホテル・旅館側の債務の履行が不可能になった場合

  では、ホテル・旅館側が、当事者双方の責に帰さない事由によって、宿泊契約に基づく債務(宿泊施設の提供等)を履行できなくなった場合、宿泊者はなおも宿泊代金の支払義務を負うのでしょうか。このように、当事者双方の責に帰さない事由により一方の債務の履行が不可能になった場合には、危険負担(改正民法536条)が問題となります。この規定によれば、ある債務について当事者双方の帰責事由なく履行が不可能になった場合、反対給付の債務者は、反対給付の履行を拒むことができる(つまり債務を履行しなくてよい)、と定められております。当事者双方の責に帰さない事由、というのは、不可抗力よりは広い意味を持つと解されており、具体的な内容は個々の契約関係ごとに判断されることとなりますが、法令に基づきホテル・旅館の休業が義務づけられたために営業することができない、といった場合が、一例として考えられます。このような場合には、ホテル・旅館側が当事者双方の責に帰さない事由により債務を履行できなくなったことの効果として、宿泊者は、自らの債務(宿泊代金の支払い)の履行を免れることができると考えられます。また、このような場合、宿泊者は、改正民法543条に基づき、当事者の一方が債務を履行しないことを理由に、契約を解除することもできると考えられます。



[1] 我妻栄ほか『我妻・有泉コンメンタール民法―総則・物権・債権―(第6版)』792頁(日本評論社、2019)。

[2] 我妻・同1257頁。

[3] 筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答民法(債権関係)改正』75頁(商事法務、2018)。

[4] 奥田昌道編『新版注釈民法(10)2』553頁(有斐閣、2011)。

3. ホテル・旅館側の留意点等

  最後に、ホテル・旅館業者側の留意点についても検討します。

(1) ホテル・旅館側による宿泊拒否等

  まず、コロナウイルス感染症の流行に伴い、ホテル・旅館側が、宿泊者の宿泊を拒否できるかについてですが、旅館業法上、ホテル・旅館側は、「宿泊しようとするものが伝染性の疾病にかかっていると明らかに認められるとき」(旅館業法5条1号)を含めた、旅館業法所定の場合を除き、宿泊者を宿泊させる義務を負っております。そのため、例えば、宿泊者が新型コロナウイルス感染症の感染者が多く発生している地域に滞在したり、そのような地域に現に居住している、という理由のみでは、法的に宿泊を拒否することはできないと考えられます。また、旅館業法上、各都道府県知事も宿泊を拒否する事由を定めることができますが(旅館業法5条3号)、例えば東京都の旅館業法施行条例によれば、宿泊を拒否できるのは、(1)宿泊しようとする者が、泥酔者等で、他の宿泊者に著しく迷惑を及ぼすおそれがあると認められるとき、または、(2)宿泊者が他の宿泊者に著しく迷惑を及ぼす言動をしたとき、とされており(東京都旅館業法施行条例5条各号)、やはり、上記理由のみで宿泊を拒否することは難しいと考えられます。これらの定めに反して宿泊を拒んだ場合には、ホテル・旅館側に対し、50万円以下の罰金刑が課される可能性があります(旅館業法11条1号)。

(2) ホテル・旅館側による宿泊者情報の把握

  他方で、ホテル・旅館側は、宿泊施設に宿泊者名簿を備え、これに宿泊者の氏名、住所、職業、のほか、宿泊者が日本国内に住所を要しない外国人であるときは、その国籍及び旅券番号を記載することとなっております(旅館業法6条1項、同法施行規則4条1項)。さらに、旅行業法においては、上記のほか、都道府県知事が必要と認める事項を宿泊者名簿の記載事項に含めることも認められており(旅館業法施行規則4条の2第3項2号)、例えば東京都では、性別、年齢、前泊地、行先地、到着日時、出発日時、室名が、上記必要と認める事項として定められております(東京都旅館業法施行細則5条各号)。とはいえ、東京都のような細則を前提としても、前泊地や行先地とは別に、コロナウイルス感染症が市中拡大している又は過去にしていた特定の地域への渡航・滞在歴の有無などを個別に申告させることは、法的には難しいと考えられます。他方で、コロナウイルス感染症拡大防止の観点から、宿泊者に対し、宿泊者名簿への正確な記載を励行、宿泊者の状況把握に努めることは、令和2年2月5日付の「旅館等の宿泊施設における新型コロナウイルス感染症への対応について」(厚生労働省健康局結核感染症課長/厚生労働省医薬・生活衛生局生活衛生課長通知)と題する通知においても求められているところであり、ホテル・旅館側としては、各都道府県の規制内容も踏まえて、可能な限り宿泊者情報の適切な把握に努めることが望ましいと考えられます。

  なお、宿泊者も、ホテル・旅館側から宿泊者名簿に必要な情報の開示を求められた場合には、これを開示しなければならないと定められております(旅館業法6条2項)。これに違反して虚偽の情報を告げた場合(偽名を使う、前泊地や行先地を偽るなど)には、拘留又は科料に処するとされていますので(旅館業法12条)、宿泊者も、ホテル・旅館側による宿泊者情報の把握につき、適切に協力することが望ましいと考えます。

(3) その他

  その他、ホテル・旅館における具体的な施策については、2020年5月16日付の、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会、日本旅館協会及び全日本シティホテル連盟によよる、「宿泊施設における新型コロナウイルス対応ガイドライン」と題するガイドラインなどの業界ガイドラインも出されておりますので、これらもご参照ください[5]

以上

(作成日 2020年6月8日)

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Fukutomi.jpg文責:弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士 福冨 友美

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