円滑な事業承継・事業再生のツールとしての経営者保証ガイドライン

1 はじめに

 日本では高齢化社会を迎え、経営者の高齢化が進む中で、中小企業の円滑な事業承継が喫緊の課題となっています。とりわけ、2020年2月以降のコロナ禍による業績悪化や過剰債務も重なり、事業承継を検討している中小企業の経営者やその関係者は少なくないものと思われます。

 本稿では、中小企業が事業承継や事業再生・廃業を行う局面において、「経営者保証ガイドライン」が果たす役割・機能等について、実務上の留意点を踏まえて最新動向を解説します。

2 経営者保証ガイドラインの策定

 中小企業では経営への規律付けや信用補完のために経営者保証がされることがあります。もっとも、この経営者保証について、中小企業の円滑な事業承継や、経営が行き詰った際に早期の事業再生や経営者の再チャレンジを阻害するなど様々な課題が指摘されていました。

 このような状況を踏まえ、2013年12月、中小企業の経営者保証の適正な在り方や整理方法等を定めた「経営者保証に関するガイドライン」(以下「経営者保証ガイドライン」といいます。)が制定・公表されました。経営者保証ガイドラインは、法律のような強制力はないものの、中小企業、経営者及び金融機関等の関係者によって自発的に尊重・遵守されることが期待され、経営者保証の取扱いに関する実務上の運用指針として重要な役割を果たしています。

3 事業再生・廃業局面での経営者保証の整理

(1)経営者保証の整理の必要性・選択肢
 中小企業の主債務を事業再生・廃業により整理しても、それだけでは経営者保証は消滅しないため、中小企業の主債務を整理する場合、経営者保証の整理も併せて検討する必要があります。
 中小企業が事業再生・廃業する際の経営者保証の整理方法としては、①経営者保証ガイドラインに基づく整理、②破産手続、③個人再生手続がありますが、下記(2)の利点を勘案すると、まずは①経営者保証ガイドラインに基づく整理を検討することが経営者の意向に適い、事業再生・廃業等を円滑に進めることに繋がると考えられます。

(2)経営者保証ガイドラインの利点
 経営者保証ガイドラインに基づいて経営者保証を整理する場合、破産手続により保証債務を整理する場合と比べて、以下のような利点があります。
 まず、一定の要件を満たし、全ての対象債権者の同意を得られれば[1]、経営者の個人財産のうち、
  ①  破産手続における自由財産に相当する財産
  ②  一定期間の生計費に相当する預貯金
  ③  華美でない自宅不動産
 といった資産を残すことができる場合があります。特に破産手続とは異なり、経営者である保証人による事業再生等の早期決断による対象債権者の回収見込額の増加額を上限として、上記②や③が保証人の手元に残せる資産(インセンティブ資産)として認められることは大きなメリットです。
 また、破産手続や個人再生手続とは異なり、信用情報機関への事故情報(いわゆるブラックリスト)の登録がされないとされている点でもメリットがあります(信用情報機関に事故情報が登録されると、クレジットカードの利用や新規借入・ローン等が困難になります。)。

(3)適用要件・留意点
 経営者保証ガイドラインを活用して経営者保証を整理するための主な要件は以下のとおりです。

 1 保証人が中小企業の経営者であり、主債務者・保証人が融資の返済に誠実に取り組み、財産状況を適時適切に開示していること

 2 主債務者が法的手続や準則型私的整理手続の申立て等をしていること

 3 経営者保証ガイドラインの利用が対象債権者にとって経済的合理性があること

 4 保証人に破産法所定の免責不許可事由(例えば、浪費等による著しい財産の減少等)がないこと

 
 経営者保証ガイドラインに基づく経営者保証の整理においては、中小企業及びその保証人の双方が弁済について誠実であり、財産状況を適時適切に開示することが必要です。また、弁済計画を成立させて保証債務を整理するには、対象となる全ての金融機関等の同意が必要となるため、全ての金融機関等に対して必要かつ丁寧な説明を行う必要があります。
 こうした金融機関等への説明や同意を得るに当たっては、手続に精通した弁護士等の専門家に依頼するとスムーズに進みます。
 なお、経営者保証ガイドラインでは、中小企業の金融機関等からの借入のために負担した経営者保証が整理対象とされますが、金融債務以外の債務(リース債務・商取引債務等)の保証債務や、経営者の個人名義での債務(個人ローン等)について経営者保証ガイドラインを利用できるかは別途検討を要します[2]

(4)経営者保証ガイドラインの利用状況
 経営者保証ガイドラインに基づく経営者保証の整理件数は着実に増えており、具体的には、経営者保証ガイドラインの適用が開始された2014年は108件(民間・政府系金融機関の合計)であったものが、2020年度には702件(同)まで増加しています。このように、保証債務の整理に当たって、経営者保証ガイドラインの活用は、まずもって検討されるべき選択肢といえます。

◆経営者保証ガイドラインの活用実績(経営者保証の整理件数)[3]

年度

2014[4]

2015

2016

2017

2018

2019

2020

合計

民間金融機関[5]

60件

207件

235件

298件

266件

584件

498件

2148件

政府系金融機関[6]

48件

61件

135件

162件

189件

188件

204件

987件



[1] 経営者保証ガイドラインに基づく整理手続として特定調停を利用する場合、裁判所による17条決定(特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律20条・民事調停法17条)を得れば、一部債権者から同意がなくとも、積極的な反対がないこと(消極的同意)をもって、保証債務を整理することができます。

[2] 中小企業の金融債務に係る経営者保証以外の債務に関して、経営者保証ガイドラインは、「弁済計画の履行に重大な影響を及ぼす恐れのある債権者」も経営者保証ガイドラインに基づく整理の対象に含めることができるとしています。なお、リース契約に関しては、「中小企業向けのリース契約に関する経営者保証ガイドライン」が2020年1月1日より適用開始されています。

[3] 民間金融機関については、メイン行として経営者保証ガイドラインに基づく保証債務を成立させた件数。金融庁ウェブサイト「民間金融機関における「経営者保証に関するガイドライン」の活用実績」および中小企業庁ウェブサイト「政府系金融機関における「経営者保証に関するガイドライン」の活用実績」をもとに筆者が編集・加工して作成。民間金融機関と政府系金融機関との統計方法の違いにより一部の案件が重複計上の可能性あり。

[4] 2014年については、経営者保証ガイドラインの適用が開始された2014年2月からの数値を記載。

4 事業承継時に焦点を当てた『経営者保証ガイドラインの特則』の策定

 経営者の高齢化が進む中で、中小企業の休廃業・解散件数は増加しており、円滑な事業承継の重要性は高まっています。しかしながら、経営者が金融機関等に対して保証債務を負っている場合、子息等の後継者に経営者保証を負わせたくないとして事業承継を躊躇したり、事業の後継候補者が保証債務の承継リスクを懸念して事業承継に二の足を踏むなど、経営者保証の存在が円滑な事業承継の妨げとなることがあります。
 このような状況を踏まえ、経営者保証に依存しない融資の実現や、円滑な事業承継に向けた取組みの更なる促進を目的として、事業承継局面における経営者保証の取扱いを定めた「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証ガイドラインの特則』(以下「経営者保証ガイドライン特則」といいます。)」が、2019年12月に公表され、2020年4月より適用が開始されています。この経営者保証ガイドライン特則は、上記の経営者保証ガイドラインを補完し、事業承継局面の関係者に期待される経営者保証の取扱いを定めており、その概要は以下のとおりです。

(1)金融機関側に求められる対応
 ア 経営者保証の二重徴求の原則禁止
 経営者保証ガイドライン特則は、金融機関等が事業承継時に前経営者・後継者の双方に対して経営者保証を二重徴求することを原則禁止することを明確化しており、例外的に二重徴求が許容される場合として、やむを得ない限定的な例外事例のみを挙げています。
 また、新たに二重徴求する場合だけでなく、既に二重徴求に至っている場合においても、安易に二重徴求を継続せず、適時適切に管理・見直しすることを金融機関等に求めています。
 イ 後継者との保証契約
 後継者への経営者保証の徴求は、事業承継の阻害要因となり得ることから、後継者への経営者保証の引継ぎを当然とするのではなく、必要な情報開示を受けた上で、保証の必要性を検討し、事業承継に与える影響も十分に考慮して、慎重に判断することを求めています。 また、後継者に経営者保証を求めることがやむを得ない場合であっても、適切な保証上限額の設定や代替的な融資手法の活用等の検討を求めており、事案に応じた柔軟な対応が期待されています。
 ウ 前経営者との保証契約  経営者保証ガイドライン特則は、第三者保証について抑制的な近時の潮流に鑑み、中小企業の事業承継後も前経営者に保証を継続させることは第三者保証に該当する可能性があるとして、事業承継に当たり前経営者の既存の保証契約の適切な見直しの検討を求めています。具体的には、①前経営者の株式保有状況、②代表権の有無、③実質的な経営権・支配権の有無、④既存債権の保全状況、⑤法人の資産・収益力による借入返済能力等を勘案して、前経営者による保証の必要性を慎重に検討することが必要であるとしています。
 実務上は、上記の考慮要素を事案に応じて個別具体的に検討し、前経営者の保証を継続せざるを得ない場合は、どの要素が不十分であるためか、前経営者の保証契約を解除・変更するための取組みを関係者間で整理することが重要です。

(2)中小企業・経営者に求められる対応
 経営者保証を提供することなく事業承継を行おうとする場合、金融機関等だけでなく、中小企業・経営者側にも、一定の取組みを行うことが求められます。具体的には、中小企業・経営者の取組みとして、以下の①から③を満たす経営状態となることが求められます[7]
  ①  中小企業と経営者との関係の明確な区分・分離
  ②  財務基盤の強化
  ③  財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保
 この①から③の要件を充足していない場合には、経営者は、後継者の負担の軽減のために、事業承継に先立ってこの要件を充足するよう主体的に経営改善を目指すことが求められています。中小企業のみでこうした経営状態を構築することは容易でない場合には、外部専門家や公的支援機関の支援を活用することも推奨されています。



[7] 経営者保証ガイドライン第4項(1)

5 まとめ

 経営者保証の整理に当たり、経営者保証ガイドラインの活用は、今や第一オプションとなっています。また、経営者保証ガイドライン等は、中小企業の事業承継を促進する有効とツールとなっています。
 経営者保証ガイドラインの趣旨・目的を理解して適切に活用することは、中小企業・経営者、金融機関等はもちろんのこと、事業譲受を検討する側においても重要性が高まっています。

以上



(作成日:2021年7月2日)

文責:弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士 宮本 聡
   弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士 辻田 俊幸

本稿は法的助言を目的とするものではなく具体的案件については別途弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。
本稿記載の見解は執筆担当者の執筆当時の個人的見解であり、当事務所の見解ではありません。

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