【コロナ特集:フィリピン】COVID-19流行に対応する救済措置(2020年5月20日時点)

1.はじめに

COVID-19の流行を受け、フィリピンでは、2020年3月8日に大統領がフィリピン全域で公衆衛生に関する緊急事態宣言(Proclamation No. 922)を発令しました。これを受け、2020年3月16日には、大統領は、マニラ首都圏を含むルソン島を強化されたコミュニティー隔離措置 (ECQ)の下に置き(Proclamation No. 929)、ルソン島以外のいくつかのエリアについても、それぞれの地方自治体によってECQの宣言が出されました。同年5月20日時点においては、各エリアにおける感染リスクに応じて、ECQ、修正されたECQ(MECQ)、一般隔離措置(GCQ)又は修正された一般隔離措置(MGCQ)というように隔離措置のレベルを変えて対応しており、各隔離措置のレベルについては、随時、フィリピン保健省のタスクフォースにおいて決定しています[1]。最新の隔離措置に関するガイドラインは同年5月15日付で発行されており[2]、マニラ首都圏を含むルソン島に現時点で適用されているMECQの宣言は、少なくとも同年5月末までは継続する予定です[3]。以下では、当該COVID-19の流行に伴い、フィリピンにおいて行われている法的施策について概説します。


[1] Inter-Agency Task Force for the Management of Emerging Infectious Diseases (IATF)  http://www.doh.gov.ph/COVID-19/IATF-Resolutions

[2] http://www.covid19.gov.ph/wp-content/uploads/2020/05/Omnibus-Guidelines-v2-SOH_signed.pdf.

ジェトロ・マニラ事務所発行「フィリピンにおける新たな隔離措置の概要(2020年5月18日)」

https://www.jetro.go.jp/newsletter/orf/2020/news/ECQ.pdf

[3] Inter-Agency Task Force of Emerging Infectious Disease (IATF) Resolution No. 35 dated May 11, 2020

2.バヤニハン法(Bayanihan Act)

2020年3月24日、大統領に対しCOVID-19の感染拡大を防止するために必要な権限行使を認める、バヤニハン法[4]が施行されました。バヤニハンとは、コミュニティーの一体性と協調性を意味するフィリピン語です。バヤニハン法に基づき、大統領は、次の措置を含む権限措置を行っています。

① 食品その他の生活必需品の供給、流通及び輸送に影響を及ぼす、買い占め、不当利得、有害投機、価格操作、製品詐欺、カルテル、独占その他の悪質な行為に対抗する措置を実施すること

② COVID-19の緊急事態に対処するために必要な物資及びサービスについて、公正かつ合理的な条件で優先的に契約を締結してビジネスを実施することを求めること

③ 土地、海上、航空輸送部門の活動を規制し、制限すること

④ 道路、街路及び橋の交通並びにそれらへの通行を規制すること

⑤ 暫定措置として、書類の提出、租税その他の法定の課徴金の納付等の法定の期限を変更すること

⑥ 銀行、準銀行、貸付会社、その他の金融機関に対して、ECQ期限内に支払期限が到来した全ての貸付金の支払いに対して、利息、違約金、手数料その他の費用を負担することなく、30日間の猶予期間を与えるよう指示すること

⑦ ECQ期間内に支払期限が到来した居住用賃料について、利子、違約金、手数料その他の費用を賃借人が負担することなく、少なくとも30日間の猶予期間を設けること

バヤニハン法に基づく大統領の権限行使に反する行為をした場合には、2か月の懲役又は1万ペソから100万ペソまでの罰金、又はその両方の罰則が適用される可能性があります。



[4] Republic Act. No. 11469

3.商業的措置

(1) 賃料に関する措置 

ア.レジャー・風俗営業店の賃料免除 

2020年3月15日、フィリピン通商産業省通達[5]が発行され、閉鎖的な空間でアルコール飲料等を提供する遊技場、美術・娯楽場、賭博施設等、密閉された空間で多くの人を集めるレジャー・風俗営業店については、ECQ中の営業が禁止されました。当該営業禁止措置に伴い、当該レジャー・風俗営業店に対して、店舗を賃貸している賃貸人及び所有者は、ECQ中に営業を停止している期間について、店舗の賃料その他の費用の徴収を免除することが義務付けられています。また、隔離措置がGCQに緩和された場合にも、賃貸人及び所有者は1か月間(3月15日から4月14日まで)について賃料の徴収を緩和する旨の通達が出されています[6]

イ.零細・中小企業の商業用賃貸における賃料支払の猶予

前述のとおり、バヤニハン法は、ECQ期限内に期限の到来する居住用賃料について、利息、違約金、手数料等を賃借人が負担することなく、少なくとも30日間の猶予を認めることを賃貸人に求め、これに従わない場合には罰則を科するものとしています。

居住用賃貸に加え、同年4月4日には、ECQにより一時的に営業を停止している零細・中小企業[7]が負担する家賃について、賃貸人に対し、少なくとも30日の猶予期間(ECQ期間中に支払期限が到来する最後の賃金支払期限日から起算)を与えることを義務付けることにより、当該猶予制度の適用対象を広げました。

ECQ期間内に支払期限が到来した未払いの賃料は、その総額を、ECQ期間終了後6か月間の賃料に均等に割り付けられ、その割り付け分には、利息、違約金、手数料その他の費用は課されません。零細・中小企業は、裏付けとなる財務書類等の必要書類を提出することにより、当該支援策の適用を求めることができます。また、賃貸人は、前述の支援策の代わりに、賃料支払いの部分的又は全面的な免除、ECQ後に到来する期限の猶予、賃貸借期間契約の再交渉等、ECQの零細・中小企業への影響を軽減するその他の方法を採ることも可能です。

当該支援策に基づき、賃借人は、ECQ終了後30日以内に支払期限が到来する賃料の未払いを理由として立ち退きを要請されることはなく、賃貸人が当該支援策に反する行為を行った場合には、通商産業省(DTI)への報告を行うことができ、違反が発見された場合には賃貸人に対し、刑事上の罰則が課される可能性があります。

(2) 借入債務の返済猶予措置 

前述のバヤニハン法に基づき、フィリピン中央銀行(BSP)は、対象の金融機関に対し、利息、手数料その他の料金を課することなく、ECQ期間中に支払期限が到来する全ての貸付金の支払期限について、30日の猶予を与える制度に関する実施通達[8]を発行しました。当該通達は、BSPが監督する全ての金融機関及びその他の全貸付会社及び金融機関に適用されます。

ECQ期間の延長に伴い、当該貸付金の支払猶予期間についてもECQ期間内の最終の支払期限日から起算して30日間の支払猶予期間が与えられることになります。

なお、貸付金の猶予制度の適用に関する具体例については、BSP発行の通達[9]に記載されています。



[5] Department of Trade and Industry (DTI) Memorandum Circular No. 20-04 dated March 15, 2020

[6] DTI MC 20-04. https://www.dti.gov.ph/advisories/mc2004-iatf/

[7] 零細・中小企業(MSME)とは、総資産の額(ローンを含み、事務所等が所在する土地を除く。) が①300万ペソ以下が零細企業、②300万ペソ超1500万ペソ以下が小企業、③1500万ペソ超1億ペソ以下が中企業に該当するとされている。

4.会社法上の手続き等に関する緩和措置

2020年3月12日、証券取引委員会(SEC)は、株主総会及び取締役会を、一定の条件下で遠隔通信によって開催されることを認める改正会社法の規定を実施するための指針を発行しました[10]。当該遠隔通信には、テレビ会議、電話会議、及び他の代替的な通信手段等が含まれます。

(1) 取締役会のリモート開催

取締役会に物理的に出席できない取締役は、遠隔通信により出席・投票をすることができます。但し、遠隔通信を利用する場合には、代理人による出席・投票は認められません。遠隔通信により参加する場合は、事前にその旨を会社の議長及び秘書役に通知し、投票についても、議長及び秘書役に送付する必要がありません。この場合、秘書役は、取締役会の会議内容を録音又は録画し、保管することが求められます。

(2) 株主総会のリモート開催

株主総会に物理的に出席できない株主も、会社の定款又は取締役会の過半数の議決で認められている場合には、遠隔通信を通じて当該株主総会に参加することができます。会社は、株主の数及び所在地、株主総会に付議され議決されるべき事項の重要性、少数者の権利の保護等を考慮して、遠隔通信による株主総会の実施のための手続を策定することになります。

株主総会の招集通知は、株主に対し、電子メール、メッセージサービス又は会社の付属定款に定めるその他の方法により、送付することできますが、定款で別段の定めがある場合を除き、定時株主総会は21日、臨時株主総会は1週間前までに送付する必要があります。

株主が遠隔通信により会議に参加しようとするときは、その旨を会社の議長及び秘書役に事前に通知しなければならず、株主は、直接又は代理人を通じて、遠隔通信により投票を行うことができます。この場合、秘書役は、全ての株主総会の録音又は録画し、保管することが求められます。

(3) General Information SheetGIS)の提出ルールの緩和

SECは、同年3月18日に、同年3月1日から同年5月31日までの間に定時株主総会を開催する企業が、General Information Sheetを書留、普通郵便、クーリエ又は電子メールでSECに提出することを認める指針[11]を発行しました。

当該指針においては、COVID-19感染拡大防止の理由により、対象期間内に定時株主総会を開催できない会社、遠隔通信をするための設備がない会社については、当該定時株主総会を開催しない旨を当初の開催予定日から30暦日以内にSECに報告することとされており、報告書には、当初の予定日から60日以内の定時株主総会開催日の予定日を記載することが求められています。なお、当該報告書は、書留、普通郵便、クーリエ又は電子メールでSECに提出することが可能です。



[10] SEC Memorandum Circular No. 6 Series of 2020

[11] SEC Memorandum Circular No. 9 Series of 2020

5.雇用に関する措置

(1) 柔軟な労使協定の実施に関するガイドライン

労働省(DOLE)は、COVID-19発生に伴い、2020年3月14日に「COVID-19の流行による救済措置としての柔軟な労働協定の実施に関するガイドライン」[12]を発令しました。当該ガイドラインは、COVID-19の流行を理由として、労働者を解雇したり、事業を完全に停止したりすることなく、使用者が自主的に、労働者の同意を得て、一時的に柔軟な勤務形態を採用することを促すものです。

柔軟な勤務形態には、労働者の週次のローテーション、勤務日を減らすこと、勤務時間の短縮、休暇取得、その他の代替的な勤務形態(在宅勤務やリモートワーク等)の採用が含まれます。同年1月以降、ECQ期間中、COVID-19の流行により、柔軟な勤務形態の適用を受けた労働者又は事業停止の影響を受けた労働者に対し、労働者が必要書類を提出した場合には、DOLEが500ペソの資金援助を実施する旨が規定されています。大規模事業主については、ECQ期間中、事業主は従業員の賃金全額を通常どおり支払うことが奨励されています。

なお、前述のような柔軟な勤務形態を採用した使用者は、従業員に対する管理責任を負うことになり、使用者は、それに起因する苦情等に対応するために、かかる勤務形態の採用に関する記録を保存しなければならず、通達(Labor Advisory No. 9)で指示されている書式を使用して、DOLEにその旨を通知する必要があります。

(2) 試用期間の調整

同年3月30日、DOLEは、新入社員の6か月間の試用期間を計算するにあたり、全ての民間事業主に対し、ECQ期間を試用期間の計算から除外することを義務付ける通達(Labor Advisory No. 14)を発行しました。

(3) 休日給与の支払い・延期

同年3月30日、DOLEは、同年4月9日、10日、11日について適用ある労働者に対して休日給与の支払いをすべき旨の休日給与の支給規則に関する通達(Labor Advisory No.13)を発行しました。さらにDOREは、同年4月1日に更なる通達(Labor Advisory 13-A)を発行し、同年4月9日、10日、11日に関する休日給与の支払いを、COVID-19の状況が緩和され、通常業務が実施されるまで猶予することを認めました。また、当該通達においては、ECQ中に全面的に営業を中止又は休業した事業所については、通達(Labor Advisory No.13)で定める休日給与の支給を免除する旨定めています。

また、DOLEは、同年4月30日に、同年5月1日に関する休日給与についても、同様に、COVID-19の状況が緩和され、通常業務が実施されるまで支払いを延期することができる旨の通達(Labor Advisory No.15)を発行しました。また、ECQ中に全面的に営業を中止又は休業した事業所について、支給が免除される点も同様です。その後、5月20日に関する休日給与ついても同様の通達(Labor Advisory No.20)が発行されており、今後も、他の休日についても同様の取り扱いがなされることが見込まれます。

(4) 雇用維持のための代替措置

DOLEは、同年5月16日、民間企業が営業を再開するにあたり、雇用維持をするためのガイドライン(Labor Advisory No. 17)を発行しました。当該ガイドラインにおいては、雇用終了や営業終了に代わる措置として、以下の雇用維持措置が規定されています。

① 同一事業主の別の支店又は店舗への従業員の異動

② 同一事業主の支店又は店舗において別の部門又は部署への従業員の異動

③ 一日における所定労働時間又は一週間の所定労働日数の削減

④ 週次又は月次での労働者のジョブローテーション(交替勤務)

⑤ 事業所の部分的又は一時的閉鎖

⑥ 異なる事業要件や事業の特殊性を考慮した他の実行可能な措置

会社都合により雇用契約終了となる従業員は、法律、会社規則及び雇用契約書で規定された他の便益を損なうことなく、DOLE発行の同年1月31日付通達(Labor Advisory No.6)に基づき、最終給与を受領する権利を有します。

なお、上記ガイドラインにおいては、雇用主と労働者が、自主的に雇用契約で定められている賃金等の規定を調整する旨の合意をすることを認めています。もっとも、当該調整は、労働協約で定められた期間又は6か月を超えて行うことはできず、改めて契約の見直し又は更新をする必要があります。

(5) 職場における予防措置ガイドライン

フィリピンの通商産業省(DPI)とDOLEは、同年4月30日に、共同でCOVID-19の流行を防止するために職場で遵守すべき基準に関するガイドラインを発行しました。ECQの解除又は緩和がなされ、事業主が事業を再開する場合には、当該ガイドラインを遵守した職場環境を整備することが求められます。当該ガイドラインでは、①在宅勤務(特にCOVID-19の感染リスクが高い60歳以上の高齢者、基礎疾患を有する労働者又は妊娠している労働者)の推奨、②飲食時を除き職場で常時マスクの着用、③ソーシャルディスタンスを保つこと (例えば、少なくとも1メートルの距離をあける、飲食中の会話を避ける、各テーブルに1労働者として1メートル以上距離をあける等)、④清掃及び消毒措置、⑤労働者と顧客との長期間の対面交流を避けること、④感染可能性がある労働者に対する隔離、検査等の手順策定等を含む、様々な予防措置を列挙しています。なお、事業主は、COVID-19の流行拡大防止ための措置について費用負担をする必要があるとされています(Labor Advisor No. 18)。

上記ガイドラインに基づき、事業主に実施が求められている主な措置は以下のとおりです。

① 保健省の規定に準拠したCOVID-19の検査方針を含む会社方針の策定

② 職場における労働者の健康・安全の維持に必要な物資の提供 (マスク、石けん、消毒、検査キット等)

③ COVID-19の安全管理者を指名し、会社の予防管理措置を監督

④ 労働者の健康保険対策の充実

⑤ 実行可能であれば、移動時の感染リスクを下げるために、シャトルサービス又は職場付近の適切な宿泊施設を提供

⑥ COVID-19ホットライン又はコールセンターを設置し、労働者に症状があれば報告するよう呼びかけると共に、COVID-19の疑いのある労働者の状態を日常的に監視

⑦ 労働者が感染リスクの高い医療従事者である場合、事業主は、保健省の関連するガイドラインを遵守し、個人用防護具の使用を含む追加の予防措置を実施

⑧ DOLE労働災害・疾患報告書を使用して、毎月、労働者の疾患、及び損傷をDOLEに報告

以上



[12] Labor Advisory No. 9。同年1月1日付DOLE発行のLabor Advisory No. 4, Guidelines on 2019 Novela Coronavirus (2019-nCov) Prevention and Control at the Workplaceを補完する通達。

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文責:
弁護士法人大江橋法律事務所 パートナー弁護士 金丸 絢子
弁護士法人大江橋法律事務所 外国法事務弁護士 Jason Jose R. Jiao
弁護士法人大江橋法律事務所 外国法事務弁護士 Miriam Rose Ivan L. Pereira

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